子供を溺愛する夫がモラハラッサーである、という実例

幼い子供とは、言わば真っ白な画用紙のようなもの。

一番身近な大人の影響を大きく受けて、人格は形成されます。

溺愛されて過保護に育った子供はその自己中心性から、キレやすい・傷付きやすいなど、”生きる力”が弱いという弊害を負ってしまいます。

普通の親ならば、子供の”生きる力”を育んで、幸せになって欲しいと願うものですが…。



そこで今回は、子供を溺愛する親の心理とは?

また、モラハラとの関係がどういうものか?

について、筆者の体験談からお話していきます。

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モラハラ夫はなぜ子供を溺愛するのか


子供を”自分の子分”にする

筆者はそれまでの人生で、

たった3人の家族間で対人操作が行われる、なんてことが世の中にあるとは、夢にも思っていませんでした。



モラ夫のようなパーソナリティーにとっては、生活の場の全てが、ポジション争いの舞台のよう。

モラ夫の願いは、子供を自分の子分にすること。

母親を軽視し、父親の言うことを聞くこと。

間違っても、母親を一番に慕うような子供にしてはなりません。

(それは、モラ夫の強い自己愛が崩壊するのを意味します。)



モラ夫は、”子供に理解のあるユニークで素晴らしいパパ”のイメージを、周りにも、子供本人にも植え付けようとしました。

(語弊を恐れず言えば、自己愛の世界を満たすためのツールとして、子供を利用しているのです。)



その裏での、家族間のランクづけ

”子供第一主義”を貫く上で、妻を巧妙かつ間接的に攻撃します。



”寛大なパパと、しょうがないママ”

このイメージが、自然と子供の身体に刷り込まれていきます。



モラハラ経験者として筆者が今思うのは、憎むという以前に、

”なんてつまらないことに必死な人生なんだろう!”

という不可解な感情と、権力にとらわれた哀れな人達のイメージです。



彼らは彼らで、”みんなで平等に楽しく”というのが全く理解できないのでしょう。

両者は、太古の昔から対極にある?…そもそもの人種が違うのでしょうか。



”子供・家族”を盾に攻撃する



受動的攻撃性を持つモラ夫は、”妻の要求を聞き入れない”という締め付けをします。

妻は真摯に訴えるにも関わらず、話し合いは不毛に終わります。

妻は納得したわけではないので、当然、晴れ晴れとした顔ではありません。



しかしモラ夫は、そんなことお構いなしに、

即座に“子供に理解のあるユニークで素晴らしいパパ”の衣装をまとい、子供と遊び始めます。



モラ夫は知っているのです。

妻(筆者)には、この親子の良い雰囲気を壊すようなことはできまいと。

被害者は、家族の楽しい雰囲気を台無しにする前に、罪悪感と羞恥心に押し潰されてしまうことを。



(被害者本人にとっても、”パパは良くてママは悪者”と子供の目に映ってしまうのは、あまりにも不利ですよね。)



分かりにくいモラハラ家庭では、そんな心理戦のようなやり取りが、水面下で起こっているのです。

もちろん表面上は、理想的な家族です。

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”バックヤード”のある家

前述の、表面上の理想的な家族は、表面上は何も問題のない家族です。

周りの目からもそう見えるし、当の子供もそう思っています。



そんな家の中で、被害者である筆者が常々感じていたこと。

それは・・・。



キッチンとリビングは”ショッピングフロア”。

そこで遊んでいる子供は、お客様。



父と母は店員。

父専用の寝室という名のバックヤード(喫煙所あり)でいつも不毛なやり取りをしている。



父はフロアーに出る時は、お客様(子供)のために好感度を上げる。

淀んだ空気は極力、フロアーには持ち込まない。



このことは、加害者の生き方を象徴している。

被害者という都合のいいごみ箱一つをフルに活用し、表面しかない自己愛ワールドを必死で守っている。


まとめ

子供を溺愛する夫がモラハラッサーである実例


  1. 子供を”自分の子分”にする・・・・家族間のランク付け,子供を上げ母(妻)を下げる
  2. ”子供・家族”を盾に攻撃する・・・被害者の罪悪感・羞恥心を引き出す
  3. ”バックヤード”のある家・・・・・何も問題のないように見える家庭が危ない!



モラハラは、分かりにくければにくい程、加害者は操作性の高い人物ということです。

いつの間にか立場を追い込まれないように、気をつけましょう。