【モラハラ被害者の体質改善】罪悪感の正体を知ってコントロールする!

このブログで言う『真のモラハラ』の特徴は、

受けている本人が気づきにくいところです。



なぜ、気づきにくいのか。

それは、被害者が普通の人よりも『罪悪感』を感じやすい人だから。

すなわち自己反省しやすい人、ということです。



その多くは、気づかないと言うよりは、

引き出される罪悪感ゆえに、

「モラハラという違和感を感じながらも、確信を遠ざけてしまう」

ということになるでしょう。





なぜ被害者は普通の人より、『罪悪感』を感じやすいのか。

もしムダに罪悪感を感じているなら、やめた方がいいに決まってる。



そこで今回は。



「被害者の罪悪感がどこから来るのか」を知るとともに、

ムダな罪悪感を手放すステップまでを、

管理人の例からお話していきます。

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罪悪感はどこから来るか?~罪悪感の正体~




『罪悪感』というのは、『羞恥心』の延長線上にあるようです。



羞恥心が自分自身に向けられるのにに対し、

罪悪感では、そこに他者が入ります。



つまり、「自分のいたらない行いが、他者に害を与えた」

そんな時に湧き上がる感情が、罪悪感。



でも人間なら誰しも、意図せずとも他者を傷つけたり迷惑をかけるもの。



同じ事項でも、罪悪感を感じやすい人とそうでない人がいるのはナゼでしょうか。



ちなみに“罪悪感を感じない人” とは、加害者のこと。

真逆なんですよね〜^^;

(参考:マニピュレーターの特徴。”共感性はないけど親切な夫” に、感謝は無用。)






生まれつきの『共感性』の高さ



罪悪感を感じやすい要因は、生まれ持った気質にありました。

それは、『共感性(力)』の高さ。

内向型やHSPなどの敏感な子供は、人の気持ちがよく分かったり、人の思いに左右されがちです。


HSP の共感力の高さは、ミラーニューロンシステムの働きが他の人より強いためだとアーロン博士は唱えています。

敏感すぎる人が快適に生きる本 ─HSPの能力を生かす─


この“他人に害を与えた”という認識 には, 他者への共感が必要である (Baumeister,Stillwell,& Heatherton,1994)。



罪悪感は他者の視点から見た状況を想像し, 他者と類似した情動経験をすることで喚起されると言える。



罪悪感,羞恥心と共感性の関係





私自身、幼少からの自分を思い返しても、確かに…。

相手が傷ついたり不都合な思いをするのが嫌で、いつも言葉を選びすぎる自分がいた。

だって、すぐに罪悪感を感じてしまうから。



元々の気質が「社会性に欠ける + 共感性が高い」ということは、

他者の思いや社会にあわせて、”いたらない自分” を変えざるをえない。



ゆえに、

HSPの子供は、この社会では必然的に自己否定へと向かうことになります。



結果それが、

理想の自分を目指す「~べき、~ねばならない思考」となり、

実現できない場合に罪悪感羞恥心となって、

大人になった後も常に湧いてくるのです。

(参考:メランコリー親和型性格は改善できる。内向型人間の私の気づきとは?




親との相互関係

ほとんどの人は、親の価値観を受けついで生きています。

子供というのはそれだけ、親から愛されたい、認められたいと願う存在なんでしょうね。



加害者の多くは、

「親の期待に沿う(有能な)子供でないと愛されない」

という、暗黙あるいは直接的なメッセージを背負ってきた人達だと思います。



被害者の中にもそんなパターンはあるだろうけど、

多くの場合は、特に親に問題があるわけではないように見えます。





ただ私の場合、とっても厳格な親と、とっても心配症の親だった。

でもそれだけで、子供が被害者体質になるわけではない。



私自身が敏感で共感性が高い子供だったために、

必要以上に親の思いを受け止め、必要以上に罪悪感を感じていたのかもしれません。





ここで、『心配される』ことについて。

一般的に、子供を過剰に心配する親は愛情深くも見えるけど、実際はちょっと違うと思います。

親が子供を心配し過ぎるのは、子供の持つ能力を信頼してないから。



子供は親の裏側にあるメッセージを、敏感にキャッチします。

「ああ…心配されてる自分はダメな子なんだ」って。




親をガッカリさせる体験(例)

心配されることに加え、子供の頃に親を困らせたりガッカリさせた体験は、大きい。

(今思えば私、HSP ならではの不注意傾向があったようです。)



強烈に記憶にあるのは、小学校の修学旅行の時のこと。

ほとんどの子は夜に親に電話をしていたんですが、なぜか私はしなかったんですね。

それは後々思えば、集団行動に疲れ、心にまったく余裕を失くしてたってことなんですけど。



お迎え時の母から伝わる雰囲気が、今だに忘れられなくて凍りつきそうになる…。



「なんで電話しなかったの?待ってたのに…。」

この言葉には、私が電話しなかったことに対する寂しさ, 怒り, 心配……全ての思いがつまっていた。



自分がどう答えたかははっきり覚えていないが、おそらく適当に交わしたと思う。

「忙しくて暇がなかったんだよね…」



この言葉は、私の内的事情としては、事実。

でも、ふつうは通用しないですよね。



当然、私は、自分を責めるしかなかった。

なんで、それくらいの簡単なことが出来なかったのか。



今なら分かる。

それがHSPの子供には、簡単なことではなかったんだと。

でもこのように、内向型HSP は時として、自己中や冷たい人のようにも見えることがあるんです。



そして周りだけでなく、自分でもそういう人間だと思い込んで、後々まで『罪悪感』を背負うことになる・・・。





こうしてタイムスリップしてみると、よく分かります。

幼少からの親と自分の関係性が、思った以上に大きく、被害者体質を作る要因となっていることが。



では次に、罪悪感を手放す方法を、具体的に見ていきましょう。

(方法と言っても、そんな大げさなものじゃないけどね。)


ムダな罪悪感の手放しかた



インナーチャイルドを癒す

実際にヒーリングやセラピーを受けたことがないので、詳しくは分かりませんが。

”インナーチャイルドを癒す”とは、読んで字のごとくかと勝手に思ってます^ ^



つまり、

人の抱えている問題のほとんどは、幼少期の親子関係で培った偏った物の見方に起因している。

だから、その縛りをなくすために、まず幼少期の自分のつらかった気持ちを受け止める。

そこから徐々に、”いらない色眼鏡” を外していくことかと、とらえています。





前述したように、私が向き合ったインナーチャイルドとは、

親との相互関係や体験にもとづいて罪悪感を感じていた、子供時代の私でした。



そして、ここからが大事なのですが、

一度納得したらもう、自分を全面的に肯定し、信頼してしまうこと



『自分はこれまで、誤解され自分でも誤解して生きてきたけど、全くもって、間違った存在ではなかった。

本来は、罪悪感なんて感じる必要はなかった。今までごくろうさん!♡』

…てな感じ。



そして、最も難関なのは次。


親に嫌われる勇気を持つ

ここで言う、“親に嫌われる勇気”とは。

親の理想から外れることに罪悪感を持たないようにするってことです。



実は私、アドラーの『嫌われる勇気』を、最近になってちゃんと読みました。


あなたは他者の期待を満たすために生きているのではないし、わたしも他者の期待を満たすために生きているのではない。

他者の期待など、満たす必要はないのです。



嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え



読んでみて今更ながらですが、この本は「さすがベストセラーなだけある!」って思いました。



上の一節からも分かるように、ほとんどの人は、他者承認を得ることで満足する。

でもそればかりやってると、自分の人生を生きられないことになる。



この”他者”とは、親であっても同じで、むしろ根源にあるものだから必要不可欠。

親の期待を満たさないことは、親不孝でも何でもないんですよね。



モラハラ被害者が罪悪感を持ちやすいのは、

当たり前のように『人の気持ちにまで責任を取ろうとする』から。



親の気持ち、友達の気持ち、そしてモラハラ夫の気持ち…

ずっとそのように生きてれば、それを利用する人間が出てきてもおかしくはないってことです。





ここで、”親に嫌われる勇気”の例をあげると・・・

HSPの場合に多いと思われるのが、仕事の問題。



『環境』が命取りになるHSPにとって、人生の大半を占める仕事とは、本当に厳選されたものでないといけない。

疲弊する人間関係があっては身体がもたないし、かと言って、ただ生活費を稼ぐでは、むなしくてやってらんない。

それを気難しいとか弱いとか、社交性が足りないとか思われようが、そこは仕方ないんです。



仕事に関して、昔気質の親は特に、「とにかく同じ所に長く努めて生活を安定させる」ことに重点を置くかもしれない。

仕事はコロコロ変えるものではない!と。



でもそんな親は、HSPを理解してないから思うのであって、それも仕方ないこと。



だから。

自分の最大の理解者である、自分の声に従うんです!

それが、一番正しいことだから。




おわりに



前回の記事の冒頭でも言ったように、心のクセを取るのは、急激にできるものでもありません。

なぜなら、それはあまりにも板についたことだからです。

私の場合も、気づくとまた親に罪悪感…ってことが何度かありました。



全くいい歳をしてって自分でも思うけど、いくら歳をとっても親は親で、自分は子供。

親の価値観を切りはなすっていうのは、思ったよりは時間がかかる。



でも今は、いい親子関係が続いてると思っています。

さすがに親も諦めモードというか、もう好きにやってくれ…って感じなのか。

双方この年齢になってやっと、本当に親離れ・子離れできてきたってことかもしれませんね。





…というわけで、

今回の話は突き詰める必要があったため、親子関係が主体となりましたが。



最終的な結論は、

『罪悪感は自分でコントロールできる』

ということ。



さすがに、全ての罪悪感が必要ないとはいいませんが^-^;

必要のない罪悪感は、手放す!

”あなた(モラハラッサー)がどう感じるかはあなたの問題であって、私の問題ではない。”



これを念頭に置きましょう^^

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