自己受容のための忘備録。『素直』と『自己中』の違いをたたき込む!



最近思うこと。

“幸せじゃない人はみんな、それぞれの『思い込み』に支配されて生きてるんだよなあ…。”



その思い込みってゆうのが、「自己否定」や「古い価値観」。

最近の私は、すっかり自己否定はない。



にしても…。

思いのほかにクセ者なのが、古い価値観!

長年連れ添って自分に染みこんでしまってる常識というのは、一筋縄には去ってくれないんですよね。



(えらそうに『自己肯定』『自己受容』などと語ってる本人が、実は完璧ではないんです^^;

まあそんな自分も、OKとしてるんだけど。)





で、そんな私の一番のネックになってるのが、



ありのままの自分でOKとしてしまうと、

『自己中』や『わがままな人』になってしまうんじゃない?

…っていう、恐れ。 >_<





「我慢することが美徳」と思って生きてきた私は、

どこからが「自己中」や「わがまま」になるのかが、いまいち分からないんです。



少なからずモラハラの被害者になりやすい人には、そんなところがあるんじゃないでしょうか。



というわけで。

それを頭に叩き込むために、“良い記事” からの抜粋を、忘備録にしようと思います!



(※この記事は、6/20にリライトしています)

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今まで「自己中」と思っていたもの。それは「素直」だった。



この文章、とっても分かりやすいです。


…人はみな「自己中心的」です。人は自分の五感に従って情報を自分の脳で判断して生きています。「自己中心的」な生き方以外にあり得ないのです。それこそ、親の顔色をうかがって生きたり、先生の顔色をかがって生きたり、上司の顔色をうかがって生きたり・・・
それこそが異常な生き方です。
そんな人の人生は幸せではないです。




「私は自由に生きたいの」でもあなたは「自由に生きちゃダメよ」あなたの考えがどうであれ、私の言うことを聞きなさい!これが自己中心的な人です。



「私は自由に生きたいの」「あなたも自由に生きてね」あなたも「自分のハートの喜びにしたがって、自分の人生をより幸せに生きてね!」
これが「自分に素直に生きている人」です。素晴らしい生き方です。




「自分に素直に生きている人」と「自己中心的な人」





そもそもが、人間は自己中心的なもの、ってことなんですよね。いい意味で。

それは人だけでなく生命あるものすべてがそう、そうあるべきだと記事の中で言われてる。





個人的にその部分は、モラ夫と別居する時点で、腑に落ちていた。

だって、まずは自分が幸せじゃないと他者を幸せにはできない。子供を幸せにはできない!って思った。

まず何より、自分なんだ。

いつも自分を後回しにして人のことを考えられる人が、素晴らしいんじゃない。

一見カッコいいけどそういう人に限って、見返りを求めてストレス溜めてたりするから…。





さらに記事は、こう続く。

自己中心的な人がいたらどうするのか。

去るんですよ!
静かに去るんです。

ご意見は聞きました。
どうもありがとう!
そして去るんです。
にっこりして静かに去るんですよ!





・・・これがモラハラ夫に通用したら、どんなにいいか。

少なくとも、静かには、去れない ^^;



そしてやはり、言うまでもなく。

「自己中心的な人」とは、“彼ら”のことだった。



彼らは私たちが素直に生きようとすると、どんな手を使っても邪魔をしてくる。

自己中だと思わせるために、必ずと言っていいほど、“美徳の言葉” を持ち出してくる。



被害者はそれにダマされないで、確固たる自分を持ってほしい。

確実におかしいのは、彼らのほう。

被害者はもっと図太くなっても、全然大丈夫だから!




『自分勝手・わがまま』だと思っていた多くのことは、そうではなかった



以前から見ていたブログの記事で、こんなリストがアップされていました。


【自分勝手のように見えて、ぜんぜんそうじゃない10のこと】


  1. 自分の意見を言うこと
  2. 「ノー」を言うこと
  3. 自分の望みを伝えること
  4. 自分を与え過ぎないこと
  5. たくさん質問を聞くこと
  6. 一人の時間を必要とすること
  7. 自分のためにならない人との関係から離れること
  8. 自分の居場所を作ること
  9. 毎日長時間働く気力を持たないこと
  10. 人生の中の優先順位が、他の人と違うこと


自分勝手のように見えて、ぜんぜんそうじゃない10のこと





私に関しては、太文字の項目が、特に大きな思いこみだったもの。



「自分を与える人ほど素晴らしい」と信じていたし、

「一人の時間が欲しいと思う人間は、内向的で自己中なダメ人間だ」と思っていたし、

「外交的・社交的な人の持つ優先順位が正しい」と思っていた・・・。







で、逆に『自分勝手な人』とは?



初めの記事と同様に、『自分勝手』とは、他人の領域に踏み込むこと。

他人の人生にまとわりついて、「あなたは間違ってる」と言ってくる人。

口がうまいから最もらしく聞こえるかもしれないけど、そんな人は、ただ相手を下げたいだけ。

自分が幸せじゃないから。




モラハラ加害者(自己愛性人格障害)の思いこみ



さっきの私の思いこみ…「素直に生きることは自己中(自分勝手・わがまま)だ」。



これが “モラハラ被害者の思いこみ” だとしたら、

“モラハラ加害者の思いこみ” って何だろう。



…ってことで、以下に表してみた。


【モラハラ加害者(自己愛性人格障害)の思いこみ】
  • 自分は他者より優れているから、他者をコントロールしてもいい
  • 他者より劣っていたら幸せになれない
  • 自分の中にネガティブなものは存在しない
  • 人に良く見られることだけが幸せだ
  • 人に注目されなければ生きてる価値がない



う〜ん。

一番上の思いこみが、最も危険なヤツですね。

これは違うと、ぜひ気付いてもらいたい。



でもきっと、彼らが気付く(自覚する)ということは、精神の崩壊を意味するのかもしれない。

自己否定の根が、深ければ深いほどに。



彼らに同情するのもどうかと思うけど、私がそんな感情を抱くのも事実。

「全部逆なのに」って思うから。

そんなに凄い人じゃない方が、愛されるのにな。。

彼らがアピールしてくる「有能な人,完全無欠な人」って…そんなに魅力あるか?

(大体そのアピール臭で、本物じゃないってわかるし^^;)





では本当に魅力のある人って、どんな人でしょうか。




素敵な人、成功してる人、幸せそうな人ってどんな人?




どんな人に魅力を感じるかは、人それぞれだけど。



紆余曲折を経た今の私が、

「素敵だな♡」って思うのは、

どこかにちょっとしたダメさ加減を残しつつ、秀でた個性(才能)を発揮している人。



そんな人達に共通するのは、自然体で嫌味がないこと。

格好良さと格好悪さが、同居してる…すなわち可愛さがある人。

可愛くてカッコいいって、最強じゃないですか?





例えば私の好きな芸人さんで言うと、又吉直樹さん, みやぞんさん。

そんな人達を思いうかべると、最終的な共通項がわかりました。



そう。

素敵な人,成功してる人,幸せそうな人はみんな、

『素直』だったんです!



それは決して“奇をてらう” ではない。

ただ素直に、自分を表現しているんですね。





そんなことからも、私は思います。

私たちは、ダメなままでいい。(人に迷惑をかけない限り)



今までダメなところを直すことで消耗していた時間と体力を、

今後はすべて、得意なこと&好きなことに充てようではありませんか^ ^



そうすることで眠っていた能力も目覚め、もっと自分を好きになれるはず!



本来は人にはダメなところなんてなくて。

それはただただ、『陰と陽』なんでしょうね。



(『陰と陽』の関連記事 ⇒ モラハラにあいやすい内向型の人へ。『自己受容』のすすめと『自己肯定』との違い。)





最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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