モラハラにあいやすい内向型の人へ。『自己受容』のすすめと『自己肯定』との違い。

『自己肯定』と『自己受容』。



どちらも、人が幸せに生きるためには大事なこと…ってゆうのは、けっこう浸透していることだと思います。



一見似たような2つの言葉を、皆はどう捉えているんだろう。



以前「モラハラ被害者だった私の自己肯定感の高め方」という記事を書いた時、

私なりの区別はあって、表現の仕方はともかく認識は間違ってはいなかった。



けれども、後で思ったのは。



「モラハラの被害者体質を治したい人は、

これらの『自己肯定(感)』と『自己受容』を、全く別物として明確にする必要がある。

…ってこと。





そこで今回は、『自己肯定』と『自己受容』の違いを明確にするとともに。

その認識において、管理人が大事だと思うことを、伝えていきます。



被害者体質と言っても、今回焦点を当てているのは内向型の人。

そのわけは、最後に言いますね。

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『自己肯定』と『自己受容』それぞれの意味。




自己肯定】

自分のあり方を積極的に評価すること。自分が価値ある存在であると認めること。「自己否定」の逆の言葉。


【自己受容】

ありのままの自分を受け入れること。良いところも悪いところも。できる自分もできない自分も全て。



こうして見てみると、『自己受容』は分かりやすいですよね。

悪いところ・できないことを受け入れることは、“いい意味での開き直り”だと思います。



一方、『自己肯定』の方は。

実際の内容に関わらず、自分に良い評価をしている、という印象を受けます。





私達はこれらの2つを、どう取り入れていけば良いのでしょうか?




まず『自己受容』をしよう。



◉ 以前の記事での私のとらえ方は、“自己肯定(感)とは、自己受容の延長線上にあるもの” でした。


『自己肯定感』で間違ってはいけないのが、

あくまでも、良い面だけでなく悪い面も含めての自己評価っていうことです。

つまりは、「自分には長所がある。短所もあるけど、それでも素晴らしい。」と思えること。

モラハラ被害者だった私の『自己肯定感』の高め方。より



この場合あくまで、“自己受容あっての(自己受容を含めた)、自己肯定”ということです。







◉ ところが、かの有名なアドラー心理学でいう『自己肯定』の意味は、ちょっと違うよう。


自己肯定は、できもしないことでも暗示をかけて、「自分はできる」と言い聞かせることです。一方の自己受容は、「できない自分」をも受け入れること。アドラー心理学では、自己肯定を否定して、自己受容しながら前に進むことを推奨しています。

2014.2.14 【安藤美冬×岸見一郎 対談】(中編) 幸せは、自己肯定を「否定」することから始まる



こちらで言う自己肯定とは、自己受容とは切り離されたもの。

自己肯定とは、“無理をして偽りの優越感に浸るようなもの”だとか。







う〜ん…どうする?と最初は思ったけど。

最終的に目指すところは同じってことに気づいた^ ^

どちらも、「無理矢理ポジティブになるのではなく、本当の意味での自分を生きる」ってこと。



どちらも共通事項として言うのは、まず初めにありきなのが、『自己受容』



というわけで。

一旦『自己肯定』は隅において、『自己受容』を目指しましょう。




『自己受容』は、内向型人間には難しい?



ここでは、自己受容→自己肯定の流れを取るという前提でお話ししていきますね。



ダメな自分・できない自分も受け入れて、総合的に自分を好きであり続けることは、可能だと思うんです。

「私は私。これでいいんだ」って、決して無理しない生き方。





ただし!

比較的かんたんにそう思える人と、そうじゃない人がいるのは分かります。

そうじゃない人とは、いつだって「少数派の人達」。

世の中にまかり通っている価値観が、じゃまをするんですよね。。





中でも、内向的な人達にとっては、生き辛い世の中

社会では外交的な人が評価されやすく、内向的な人は自信を失いがち。



だからどうしても内向型人間は、

「このままじゃダメだ。自分も外交型人間のようにならなければ!」って思ってしまう。



そして、「〜べき,〜なければ思考」が強い人やメランコリー親和型傾向の人は、更にこれが難しくなる…。

内向型人間にとって自己受容とは、相当難しいことなんでしょうか?





では次に、

自己受容をする上で、私が大切だと思っていること(思想)を言います。




『内向型人間』の自己受容



今の私だから言えることだけど。

内向型人間にこそ、『自己受容』は必要だと思います。



理想を言うなら、それが幼少期からできているのが一番良かった。

でも、時代も時代。家庭を始め、“そうゆう生き方を教えてくれる場がなかった”ってことなんでしょう。

でも中にはそれが出来ている人もいて、本質は内向型でありながら活躍しています。皆、何かに特化した人達です。



でもこんなこと言ってても、始まらないんで。今からでも遅くない!

…ってことで、ありのままの自分にOKを出しましょう。




1.【陰と陽】で考える






私の場合、人間という存在を【陰陽】でとらえた時、「ああ、こりゃ自己受容しかないわ^^」って思いました。



そもそも人間という存在自体が、宇宙(自然)の一部であり、陰陽で成り立っているからです。




【陰陽】とは



森羅万象、宇宙のありとあらゆる事物をさまざまな観点から陰(いん)と陽(よう)の二つのカテゴリに分類する思想。



重要な事は陰陽二元論が、この世のものを善と悪に分ける善悪二元論とは異なると言う事である。陽は善ではなく、陰は悪ではない。陽は陰が、陰は陽があってはじめて一つの要素となりえる。



森羅万象、宇宙のありとあらゆる物は、相反する陰と陽の二気によって消長盛衰し、陰と陽の二気が調和して初めて自然の秩序が保たれる。



ウィキペディアより抜粋





具体的には…人間の性格(気質)や感情にも、【陰陽】があります。





『性格(気質)』って、長所・短所で表現しますよね。

そうやって言うけど本当は、その人の持ってる質が環境によってどう出るかってことに過ぎない。

うまくいかないことっていうのは、ある環境を基準にした時に、短所となって現れることなんですよね。



多くの場合、環境とは、多数派の価値観で作られたもの。

世の中は外向型基準だから、会社などの組織では特に、“内向性は短所”とみなされてしまう。



でも実際は誰一人として例外なく、短所・長所を持っている。

それは良い・悪いではなく、ただただ、陰と陽なんだ。







『感情』だって、本来は良いも悪いもない。(本人が感じる快・不快はあっても)



ここで被害者体質の人に言えるのは、あらゆる感情に蓋をするのが良くないということ。

陰の感情(怒り、苛立ち、不満、疑いなど)を持った自分に対し、罪悪感をもつことがNGということ。



感情もまた自然の一部だから、「腹が立って当然!」と認めてしまうしかないんですよね。

よく“ネガティブな感情”という言い方をするけれど、陰とは本来、ネガティブとは違います。






2.【多様性】で考える




【多様性】と言うと、日本は比較的、それが受け入れられにくい社会。

“こうゆうのが幸せ”だとか、“こうゆうのが当たり前”って風潮が、おそらく諸外国と比べるとあるんだと思います。



でも、日本の食文化を見ると、多様性を感じずにはいられないのは私だけでしょうか。。



食材って、色・形・味・食感…と多種多様。

和食が美味しいのは、素材の持ち味を引き出すような味付けだったり、ダシや旨みにこだわるところだったり。

あと、辛みや苦みもアクセントで必要。



とにかく、和食に限らず美味しい料理全般に言えるのは、いろんな要素が組み合わさって素晴らしいハーモニーを生み出していること。





これって、人の社会にも同じことが言える。

舞台にも主役と脇役…名脇役だっている。

つまり、“あらゆる質”が集まって、素晴らしいものが成り立つ。





そう考えると、どんな素材(気質)も存在するのは当然だし、世の中を成り立たせるためにその存在は必要ってことになる。



持って生まれた質が違えば、出来ること・出来ないことがあるのは、至極当たり前のことですよね。

完全無欠の人間なんて、いないのだから。

(唯一、自己愛者がそう思いこんでるくらい^^;)





で、話を料理に戻すと…。

人を料理に当てはめると、外交型人間は “見た目担当”、内向型人間は“味担当(かくし味含め)” になるのかもしれません。



例えば自分を野菜に例えた時に、地味でも味わい深い『茗荷(ミョウガ)』だと思ったら、ミョウガとしての質を最大限に発揮して人生を全うするべきなんです!

(ちなみにミョウガも他のどんな食材も、特定の料理では主役級になりえる。)





つまり、内向型を克服することに重点を置くんじゃない。

外向型には真似できない、内向型にしかない能力を発揮すればいいんです!

(…てなことに、40過ぎてやっと気付いた^ ^)




おわりに



今回の記事を書いたきっかけの一つとして、「モラハラの被害者には内向型が多い」という調査結果があります。

それが、こちら。言わずと知れたjoeさんのブログ。





「きっとそうに違いない」とずっと思ってきた私にとって、この調査をしてくれたことは、感謝でしかありません。



被害者になりやすいのは内向型の中でも、克服しようと無理をするタイプ。

内向的な自分を、見て見ぬ振りしたいタイプ。



そんな内向型が、自己愛者のパートナーとしてはちょうどいい、まさに絶妙なものを持ってるんだと思います。

その、“絶妙なもの”とは一体…。

というわけで。これについては後日改めて、書くことにします^^

(⇒5/6追記:マニピュレーターを引きよせる女性の特徴)



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