モラハラ加害者の2つのタイプと、原因となるそれぞれの親子関係。

モラハラは、分かりにくい。周りに理解もされにくい。

更にその中でも、比較的分かりやすいものと、そうでないものがある。

私が受けたモラハラは、言うまでもなく後者でした。



同じ自己愛者でも、人によってやり方が全く違うのはナゼ?

この両者の違いはどこから来るのか?

…それがずっと、謎でした。



それが最近、ある視点をきっかけに、私の中で徐々にはっきりしてきました。

その視点とは、



自己愛性人格障害が「自己受容ができない障害」であること。

「生涯に渡って、ありのままの自分を受け入れられない病気」であること。

そして言うまでもなく…その原因が親子関係にあること。





それで見えてきたのが、

「モラハラ加害者に2つのタイプがあるのは、親の関わりにも2つのタイプがある」ということです。



これに関連した記事は以前書いているんですが、

その時はまだ曖昧だった部分が、今回明らかになったという感じです。

(以前の記事→自己愛性人格障害を生む家庭環境。子供が受ける弊害は『脳』にあり。)

Sponsered Link



モラハラ加害者、2つのタイプ



多くのモラハラ加害者となる自己愛性人格障害の人には、大きく分けて2つのタイプが見られます。


《モラハラ加害者の2つのタイプ》



①攻撃性が分かりやすい【純粋な自己愛性人格障害】

②攻撃性が分かりにくい【悪意のある自己愛性人格障害(マニピュレーター)】



(参考記事→『精神的DV』と『真のモラハラ』の決定的な違いとは?)

(参考記事→マニピュレーターな人格を作る家庭環境とは。家族連鎖は免れないのか?)



両者の違いについては過去記事にもありますが、ここではそれぞれの特徴を羅列してみました。




【純粋な自己愛性人格障害】の特徴




・ 攻撃のしかたは分かりやすい。顕在的攻撃性パーソナリティー。

・ 相手を卑下する言葉や態度。叱責、暴言。精神的DV

・ 自分の考えが最も正しいと信じている。

・ 不機嫌な時と優しい時の差がはっきりしている。

・ 一時的な怒りがそのまま表れる。

・ 共感性に欠けるため自分の中の正しさにのみこだわり、周りが見えない。

・ 自分の思いのみに夢中なのであり、他者を操作、陥れようとするなどの悪意は見られない

・ (好きな表現ではないが)被害者はサンドバッグ的。一時のストレス発散。




【悪意のある自己愛性人格障害(マニピュレーター)】の特徴




・ 攻撃性はほとんど表に出ない。潜在的攻撃性パーソナリティー。サイレント・モラハラ。

・ 不機嫌な態度と、遠回しな言葉による。

・ 道徳(モラル)を用いて相手の罪悪感を引き出す。真のモラハラ

・ 前者が1:1の直接攻撃だとしたら、こちらは人間関係に不和の種をまく方法を取る。自分を支持する取り巻きの存在が不可欠。

・ 自分が最も正しい、共感性に欠けるのは前者と同じだが、それを露骨に表さない。

・ 無共感でありながら、表面上は親切。

・ こちらが前者と違うのは、演技ができるところ。

・ さも仲間のふりをして、相手が孤立するよう陥れる(フレネミー)。

人間関係とは『操作・搾取』と考える。

・ 被害者のイメージは、”永遠の奴隷”。騙し騙しの攻撃の為、長期化しやすい。





両者に言えるのは、どちらも外での人当たりはいいので、家での変容は周囲の人は想像しにくいこと。

(ただし、徹底して“良い人”であろうとするのは、マニピュレーター)



そういう側面からどちらも『モラルハラスメント』と呼ばれるけれど、

パートナーへの攻撃方法は、かなり違います。




親の関わりの2つのタイプと、子供に与える影響





ここで、以前の記事からの引用。


【過干渉・無関心タイプの親】の子供

特徴……自己肯定感の欠如、強い承認欲求

親の期待に応えられれば褒められるが、そうでない時は見向きもされない(ありのままの自分では愛されない)。その結果、自信のなさの裏返しで「自分は本当はもっとすごい人間なんだ」と思いこむ。



【過保護・甘やかしタイプの親】の子供

特徴……自己愛肥大、強い自己中心性

何でもやってもらって当たり前。幼児的万能感から、いつまでたっても「自分は特別な人間なんだ」と思いこむ(うぬぼれ・特権意識)。その為、ちょっとした批判や困難に弱く、傷つきやすい(キレやすい)。反省ができず他責的。



自己愛性人格障害を生む家庭環境。子供が受ける弊害は『脳』にあり。





今回の結論では、上段が【マニピュレーター】、下段が【純粋な自己愛性人格障害】ということになります。

(あくまで傾向論であって、両タイプの混在型もあります)





では、それらの具体的な親子関係を見ていきましょう。






過保護・甘やかしタイプの親が、子供を【(純粋な)自己愛性人格障害】にする




このタイプの親は、子供が嫌な思いをしないよう先走って手を出すため、

子供が困難に直面し乗り越える経験を奪っている



そのため子供は、負の感情への耐性が低い。

(我慢が苦手、依頼心が強い、責任逃れが激しい)



特に一人っ子で子供中心の家庭では、子供は自分の要求が通ることが当たり前。

自分に権限があると学ぶため、思い通りにならないとキレやすい。

(キレても、“キレさせるお前が悪い”となる)



また、そういう家庭には、父性(規範、厳しさ)のなさもあげられる。



総じて、過保護・甘やかしタイプの親の子供は、自分のありのままのの感情が受け入れられない



親が“子供が困るであろうこと”を表面化する前に抑えこんでしまっては、

当然子供は、それを自分で対処するすべを知り得ません。



そんな子供にとって大事なのは “いつも自分のイメージがスマートであること” で、

「人には良い部分と悪い部分の両方があっていい」ということが分からないのです。






無関心・過干渉タイプの親が、子供を【マニピュレーター】にする




【マニピュレーター】とは、“操作する者”。

その名のとおり彼らの人生に操作はつきもので、親からも操作的な関わりを受けたように思える。

それが、『無関心と過干渉』。



この2つは一見矛盾するように思えるけど、それが先にも示した、

親の期待に応えれば褒められたり注目されるが、そうでない時は見向きもされない(ありのままの自分では愛されない)。

ということ。



過干渉とは、

「こんな子供でありなさい」「私の子供ならもっと素晴らしいはず!」

などと、自分の価値観を子供に押しつけることです。



それは何も直接的な表現に限らず、態度による暗黙のプレッシャーでもありえること。

例えば子供が「親をがっかりさせることに罪悪感を感じる」のは、過干渉の親からモラハラを受けていることになります。



そのように育てられると、そうゆう生き方(モラハラ)に違和感がなくなる。

それが、『子供の頃の被害者は、加害者となる』ということ。





そして今回、以前の記事に補足するべきなのは、

こちらのタイプでは“父性の欠如”というよりかは、親の一貫性のなさが目立つということ。



私の中でのイメージは、

「仕事中心で比較的裕福な親が、子供を自分の理想に当てはめながら、金銭面では甘い。その時々で態度が変わる。」

…というものです。





そしてこのタイプの子供に顕著なのは、いつも親の顔色を伺っている

また、誰と関われば自分にメリットがあるのかそうでないのか…ということを、良く見ている。

まさに利害関係で人と付き合うのが、このタイプです。






【マニピュレーター】が【純粋な自己愛性人格障害】と異なるわけ



『無関心・過干渉タイプの親』と『過保護・甘やかしタイプの親』が違うのは、

前者の方がより子供を愛せないところ。



『過保護・甘やかしタイプの親』が子供のマイナスイメージを受け入れないのに対し、

こちらは子供の凡庸な部分をも受け入れないところがある。



人間なら誰しも、短所・長所と普通の部分があるのに…。





モラ夫が自分の「独特」さを強調し「凡庸,普通」を忌み嫌っていたのは、母親によるプレッシャーが大きかったことが原因ではないかと思われる。



そうなると「自分を必要以上に良く見せなければ」と更にハードルが高くなり、

それが他者への嫉妬心と、他者を利用することにつながるのではないだろうか。





つまり、ここで言えるのは。

どちらの親の関わりも「無条件の愛情でない」にしても、

それは一方がより色濃く出ていること。



過保護の親が「子供がありのままであることを阻害する」ならば、

無関心の親は「子供のありのままの姿を認めない、愛さない」となるだろう。





そんなことから、より自己否定が強いのはマニピュレーターだと言える。

彼らはその生き辛さを埋めるために、他者を操作・搾取することを学ぶ。

(そもそも親の自分への関わり方がそうである。)




おわりに



医学的なことは分からない素人の分際で言いますが…。

私がモラハラ加害者の両者から、得るイメージがあります。



それは、前者が単なる「前頭葉の未発達」であるのに対し、後者は「別の部分を発達させてしまった人」というイメージ。

このことからも、前者はモラハラが治る可能性があると、私はとらえています。

要は私としては、「息子は父親と同じようにはならない」と確信するだけで、希望が持てるというわけです^ ^



というわけで。

息子には今後の生活の中で、色々な体験をして良い人の影響も受けながら、生きる力をつけていって欲しいと願うばかり。

人を利用しなくても生きられるだけの、自己肯定感を身につけて欲しい。



自己肯定感、自尊感情が低くても、他者を利用しないで必死にもがいて生きてる人(←被害者体質の人)は、山ほどいるのだから…。

そういう人の足を引っ張ったり、つけこんで利用する人間にだけはなって欲しくない。

そんなことを思わずにはいられないのです。

Sponsered Link