モラハラ被害者だった私の『自己肯定感』の高め方。

モラハラの被害を受けたことで、自分の人生は思ってもみなかった方向へと転がりました。

でもそのおかげで、色々と分かったこともあります。

中でも大きいのが、自分がモラハラを引き寄せていた原因。

それはズバリ、自分の持っている『自己肯定感』があまりにも低かったという事実



これまでの記事でも、メランコリー親和型や、自分の自信のなさについて書いてますが、

それらをひっくるめて端的に言うと。

自己肯定感が低い。

・・・この一言に尽きる。



で、この自己肯定感の低さは、何もモラハラ被害者に限ったことではない。

加害者に至っては病的レベルの低さ(自己愛性人格障害)だし、

一見自信がありそうな人にだって、自己肯定感の低い人は結構いる。

いや世の中、ことさら日本には、うじゃうじゃいる。



それはそうとして。

今回は、モラハラ被害者だった私が、どんなふうに自己肯定感を高めるに至ったか。

(正確には、低い自己肯定感を回復させたってこと^^)



そのことについて、お話しようと思います。

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分かったようで分からない。『自己肯定感』ってどんなもの?

そもそも自己肯定感とは。



実用日本語表現辞典によると、

自己肯定感とは、

自分のあり方を積極的に評価できる感情、

自らの価値や存在意義を肯定できる感情などを意味する言葉。

とあります。



でも…なんだかちょっと分かりづらい!ってゆう人(←何をかくそう自分) のために。

示す内容を、具体的に表してみました。



まずは定義上の、“自分のあり方を積極的に評価できる感情”について。




自分のあり方を積極的に評価できる感情



『自己肯定感』で間違ってはいけないのが、

あくまでも、良い面だけでなく悪い面も含めて自己評価っていうことです。

つまりは、「自分には長所がある。短所もあるけど、それでも素晴らしい。」と思えること。



更に言えばそれは、自分のどんな感情も受け入れることでもある。

例えば、「ここで怒るのは良くない。怒ったら小さい人間だ」

「本当はああしたいけど、ワガママになるから我慢しよう」

…などというのは、明らかな感情の否定ですね。



自己肯定感が低い人というのは、

自分の短所を必要以上に大きくとらえていて、自分のことが気に入らない。



それと同様に、

「こんな感情は持ってはダメだ」と思うのもまた、

本来の自分を低く評価していることに他なりません。





次に、 “自らの価値や存在意義を肯定する感情”について。




自らの価値や存在意義を肯定する感情



これは特にモラハラ被害者に当てはめて言うと、頑張り過ぎない生き方のこと。



自己肯定感が低い人は、自分に自信が持てない。

その原因が自分の短所にあると信じ、「短所は克服しなきゃ」といつも頑張ってる。

「今のままの自分じゃ、取り柄がない。存在価値がない。」

そんな思いを、漠然と抱えながら。



しかも、短所じゃないことまで短所と思いこんでる。

実際、『短所と長所は紙一重』ですよね^^

それを周りの基準で捉えようとするから、短所になってるだけのこと。

(正直ここが難しいところですが…周りの基準とは、多様性のない日本人の価値観のことです。)



そこに気づかず、自分の本質とは違うものになろうとするから、そりゃあ消耗する。

それでもなお、頑張り続けるエンドレス…。





では自己肯定感の高い人は、どうゆう人か。

先程の逆と考えると、自分の本質のままに堂々と生きてる人。

周りと自分を比べるのでなく、自分としての存在価値を感じられる人(自尊感情)。



そんな人は、ムダに頑張らない。

同じ人間でも、こっちの方が明らかに、人生楽しいはずですよね!





以上が、『自己肯定感』の大切なポイントです。

要は自己肯定感が高い人というのは、

“ありのままでOK”と自己受容ができる人のことなんですね。




モラハラ被害者だった私の、自己肯定感の高め方。




モラハラの被害者に多い、メランコリー親和型性格

この性格の特徴と言えば、『~べきだ、~でないといけない』という思考。

道徳主義で規範意識が高いために、常にそういった思考で、自分を縛りつけている。



先にも言いましたが、自己を肯定するとは、自分の感情をありのまま認めること。

でもメランコリー親和には、それが難しかったりするんです…。



感情とは、自然に湧き起こるもの。

そう感じてしまったらしょうがないのに、それを否定してまで、なぜいい人を目指すのか。



・・・と、今なら言える私だけれど、かつては当たり前のように、自己否定していた。

ではどのようにして、そこから脱したのか。

それを次に見ていきたいと思います。




1. 『自己肯定感の低さの原因』を知る。



自己肯定感を高めるにはどうしたらいいか。

ただ単に「もっと自分を認めてあげましょう」って言われても、なんか違いますよね。

分かったつもりでもできないのは、根本的なところで腑に落ちてないから。



それにはまず、

自分の『自己肯定感の低さの原因』をつき止めないと、始まらない。



ということで。

以下に、自己肯定感の低さの原因となることをあげてみました。

(独自の見解も含まれます)


【自己肯定感の低さの原因】となりうること



① 先天的要素 …… 内向型、敏感型、容姿、性的マイノリティー、社会的マイノリティー



② 家庭環境 …… 過保護・過干渉、道徳主義など、親からの連鎖。親の自己肯定感をひき継ぐことが多いようです。



③ 社会生活での体験 …… 子供の頃に、周りの何気ない言葉に傷ついた。あるいはちょっとしたいじめ等



④ 世の中のあり方(日本の社会) …… 「右にならえ 」で多様性を受け入れない社会。世の中の価値観にフィットしない個性は潰される。



いかがでしょうか。

少なくとも私の場合は、これら全てが原因となっていました。



では次に、私がしたこと。

(というよりは、自動的な流れですが^^;)



それは、上記の②と④に関わってきます。




2.「親の教育は “間違った刷り込み”だった」と知る。



上記の原因の中でも、②の家庭環境については、多くの人が一番自覚していることではないでしょうか。

確かにこれは、直接の原因ですからね。

幼少からの親との関係性を見直すと、そこに自分の傷の原因がある。

よくヒーリングなどで “インナーチャイルドを癒す”というのが、このことです。



そこに直面して、親は正しくなかったと認識。

もしそれが明らかに毒親なら、憎むのも縁を切るのも、全然ありだと思います。



ここで、管理人の場合ですが。

自己肯定感の低さの原因は、『道徳主義の親と、その期待に応えようとした私』でした。

それは正に、世代を超えた連鎖。

親も親から「我慢は美徳」だと間違った刷り込みをされ生きてきて、当たり前のこととして子に伝える。



この「我慢は美徳」は、本当にくせもの。

自分の正当な欲求まで、押し殺してしまう。

例えば「ああしたら素敵だろうな」と感じても、結局それは重視されない。

何となく周りを気にして、感情を引っ込める癖がある。

なぜならそれは、ありのままの自分を認めてないからです。





このように、世代間連鎖が明らかになると…。

さかのぼるべきものは、あと一つです。


3.「日本という国自体が、価値観の刷り込みでできている」と知る。



自己肯定感を低くする原因の、最後の砦(とりで)。

それは、自分達を取りまく“世の中”です。



人は誰でも、「自分の住む世界が、本当の世界」だと思うもの。

でもそれは、少し視野を広げると、そうではないのが分かる。

(何となく分かってて、敢えて見ない人も多いけどね)



例えば日本とアメリカでは、子供の教育は全く異なる。

アメリカなど欧米では、子供は自分の意見を持つこと、相手にはっきりと伝えることを教えられる。

この違いは、厚切りジェイソンさんの言葉からも良く分かります。





一方、日本はというと。

全く逆で、子供は「皆と同じことをするように」と教えられる。

自分の頭で考えること、意見を持つことは求められない。

“右にならえ”  “空気を読め”







かつてモラハラ夫は、不機嫌な態度をまき散らして、私にこう言いました。


「愛のある人間なら、こっちが敢えて言わなくても察してくれるはずだ」


これって…

要求を言わない方が悪くなくて、察しない(空気を読まない)方が悪いんでしょうかね?

少なくとも日本の教育では、そういうことになります。

日本人の国民性は、明らかに加害者を肯定しています。



そこで分かったこと・・・それは。



日本人の美徳と言われるものの多くは、

権力者が国民を大人しくさせておくための、“刷りこみ”にすぎない。

ってこと。



私達は「人とはこうでないといけない」と、思いこまされてきただけ。

それを延々と引きずってるだけ、世代を越えて。

思いこまされた従順な人は、自己肯定感が低いまま一生を終えていく。




本当の世界は、自分の中にある。




すみません…カッコつける気はないんですが。

ちょっと、“意識高い系”なタイトルになってるのは、気づかなかったことにしてください^^;

でもこの視点は、人が幸せに生きるには本当に欠かせないことだと思います。



ともすれば私達日本人は、“周りの価値観が、自分の価値観” になりがち。

つまりは、生き方が『自分軸』ではなく、『他人軸』になっている。

だから自己肯定感が低くて、人と比べてばかり。

そんなだから、人の足を引っ張ったり、引っ張られたり。



それに気付いた時、自分のいた世界が本当の世界でないと分かりました。

自己肯定感は、なかったのではなく、単に圧しこめられていただけだった。

だからあとは、復活させるだけ!

…これ以降のことは、また別記事で書きますね。



この『自分軸』を持つことの大切さですが、おすすめしたい書籍があります。

それは、キングコング西野さんの『えんとつ町のプペル』

もうかなり浸透されてるとは思いますが、敢えて紹介させてもらいますね。

こちらで全頁、無料で見られるので。

今の世の中のことが、良く風刺されているな〜と感心させられます。





では、今回はこの辺で。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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