『日本人の幸福度はなぜ低い?』他国との比較で分かったことと、モラハラとの関係。

こんにちは。

今回の話の中心となるのは、2017年度『世界幸福度ランキング』というもの。

これは昨年3月に報告されていて、第1位はノルウェー、日本の順位が51位(155ヶ国中)というのは知っていた。

でも、その内容までは見ていなかったんです。

なぜか今になって気になり、じっくり見てみたら・・・それはそれは、とても興味深い結果でした。



さらには歴代のランキングを見てみても、日本は開始当初の2012年で34位。

その後、43位→46位→53位→51位(今回)と、低迷が続いている。



明らかに、『日本人の幸福度は低い』ですよね。

その理由は何なのか?

私なりに分かったことを、順番にお話していきます。

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はじめに

まず初めに、『世界幸福度ランキング』とは。

この調査は国連委託組織によるもので、各国民の自己評価アンケートに基づくもの。

第三者でなく国民自身が、どこまで幸福と感じているか?というものです。



次に、このランキングの正確性について。

自己評価アンケートには6つの項目があり、幸福度を測るための指標が設けられています。

そこで思うのは、そもそも幸せの形は人によって違うってこと。人によっては、重要視しない項目もあると思う。

だから、幸福度を測ること自体にムリがある?ってゆうのは、確かにあるでしょう。



それでも数回の調査報告において、その結果に一貫性は読み取れる。

よってこのランキングは、全てを鵜呑みにはできないけど、ざっくりと信頼していいかと思います。

変な言い方だけど^^;




このランキングから分かること

先にも言いいましたがこのランキングは、6つの項目のアンケートに基づいています。

その内容は、以下のとおり。


6つの指標
  • 人口あたりのDBT  (国民総生産)
  • 社会的支援  (困った時に頼れる人がいるか)
  • 健康寿命
  • 選択の自由  (人生選択の自由度)
  • 社会の寛容さ  (過去1ヶ月に寄付をしたことがあるか)
  • 社会の腐敗度  (政府を信頼しているか)






WORLD HAPPINESS REPORT 2017より



グラフから見てとれるのは、上位にはやはり、暮らしぶりの豊かな国がランクインしていること。

いわゆる先進国ってやつですね。



一方でランクが下位にある国っていうのは、155位の中央アフリカ共和国など、内戦や紛争の多い国々。

そこが大前提だとした上で、見ていく必要があります。





ただし今回知りたいのはあくまでも、“日本人の幸福度が低い理由” 。

これから見ていくのは、以下の2点についてです。




①【北欧に学ぶ!】同じ先進国なのに、日本が上位に入らないわけとは。

ここ数年ランキングの上位を占めているのは、北欧の国々。(2017年の第1位はノルウェー)

北欧って、おしゃれなインテリア雑貨が放つ、単なる幸せイメージだけじゃないんですね。ホント、羨ましい!



で、日本とは何が違うかと言うと。

グラフから一番に見てとれるのが、社会(政府)への信頼度の高さ

これは、アメリカなんかと比べても顕著ですよね。



有名なのは、北欧諸国は “福祉国家だから税金も高い” こと。

でもそれを納得させるだけの充実した制度があり、暮らしに絶対的な安心感があるのでしょう。

また議員の給料は高くなく、本当の志のある人によって、社会は運営されているのかもしれません。

(↓以下は2016年の幸福度No.1、デンマークが良くわかる記事です。)







その点、日本はどうでしょうか。

細かな表現は省きますが、政府や企業におけるイメージには、不透明さを感じずにはいられません…。




②【チリ, ブラジルに学ぶ!】先進国でなくとも日本より上位ランクの国があるわけとは。

次に注目したいのは。

20位のチリや22位のブラジルのように、決して大国とは言えない国が、日本をはるかに上回って上位にいること。

その理由をグラフから読み取ろうとすると、「あること」に気がつきます。



・・・あれ?

日本に負けず劣らず、社会(政府)への信頼度は低い。

では、何がどう日本との差をつけたのか?

その答えはどうやら、“6つの指標とは別のところに” あったよう。



実はグラフには、6つの指標にプラスして『Dystopia + residual』という意味不明の項目があったんです(一番右のグレーの部分)。

これが何を示すかと言うと、6つの項目だけでは説明できない部分。

それは多分、『心の豊かさ』とでも言うような、“目には見えない幸せ”

つまりこの部分というのは、幸福(価値観)の多様性を示しているようです。

冒頭で“幸せは測りきれない”と言ったけれど、それが反映されたのが、この部分なのかもしれませんね。



特に顕著なのは、

ブラジルはGDPが決して高くはない。汚職問題もあるにもかかわらず、この数値が高いということ。







では日本はというと・・・。

日本は他国と比べて一目瞭然なくらい、この数値が低いのが分かります。



確かに日本という国は、多様性を受け入れない国。

これは、幸せのあり方にも言えることだったんですね。

個々の「何を大事にしたいか」という価値観が、みんな似たり寄ったり…。





以上が、この世界幸福度ランキングから分かったこと。

では次に、私なりに出た結論を、お話しします。




日本人の幸福度が低い要因


幸福な国を決定づける要因は、各指標のバランスの良さ。

それも、“目に見える幸福”“目に見えない幸福”の、両方において。

上位の北欧諸国を見ると、そのバランスが圧倒的に良い!



そして更に。

日本にこれだけの差をつけた、チリやブラジルが示していること。

それは、”目に見えない方の幸福” が、”目に見える方の幸福” に勝ったということ。

社会的な充足感より、個人の価値観における充足感が勝った。

つまりは、自分が自分らしく生きているという実感が、何より大きな指標ということです。



では、日本という国のどういう部分が幸福度の低さの要因を作っているのか。

具体的に見ていきましょう。




日本人は、主体性・自己肯定感に欠ける。

日本と聞いてまず思いつくのは、『和』のイメージ。

周囲に同調して丸く収まるのはいいけど、ちょっと度が過ぎてるように思う。

まさに、『右にならえ』『空気を読め』

それが美徳とされてきた。

昔から、個が個であることを見ないようにしてきた。

調和が何よりも大事だから、『出る杭は打たれる』のだ。



更には、我慢や勤勉さは美徳であると、教える社会。

価値観は限定され、幸せとはこうゆうものだと子供にレールを敷く。



その結果、

なんだかなあ〜と思いつつ、これが幸せなんだと諦めて、会社と家を往復するだけの毎日。

またある者は、子供と夫のために、自己犠牲精神を発揮する人生。

それが当たり前の幸せだと思い込んで。



そんな国だから、主体性に欠ける人が多い。

そうゆう人の基準は全て、自分ではなく周りだから。

そうなると、幸せの定義だって周りが基準。

自分の本当の何がしたい?どうしたい?が、無くなってくる。

主体性のない人は、自己肯定感も、ない。






“人と比べる” ことでしか、幸せを測れない。

誰だって、幸せを感じたい。

でも価値観に多様性がなくて、みんな “既存の幸せ” を目指すから、人と比べることに躍起になる。

それしか、幸せを測るバロメーターがないから。



( “既存の幸せ” とは何か?

お金があっていい家に住んで、結婚して子供もいて、学歴や能力、地位や肩書きもあって…。

いわゆる『勝ち組』というやつです。)



人と比べて一喜一憂。

だから嫉妬もするし、他人の足を引っ張る者もいる。

これではいつまでたっても、本当の幸せは感じられない。

一喜一憂を、永遠に繰り返すだけ。






日本は『モラハラ大国』。国民は“モラハラ社会” に生きている!

白状します…。

実は今回の記事で私が一番言いたいのは、このことです^^;



日本には、何と自己肯定感の低い人の多いことか。

そうゆう人はありのままの自分の欲求を封じ込め、世間でいう幸せ(=勝ち組)だけが本物だと信じている。





その幸せを躍起になってもぎ取ろうとするのが、他者を攻撃、利用する人(=加害者)。

一時の優越感に浸るために・・・。



低い自己肯定感のうえに “日本人の美徳” を頑なに守っている人は、他者に利用される人(=被害者)。

忍耐強さ・勤勉さ・同調の精神などは、古くは封建社会の時代より、国の統治のために民衆が教えこまれたものです。

(7/1追記:参考記事⇒日本人を不幸にしている『同調圧力』は、外向型の圧力。)





空気を読んでソツなく生きてる人も、実際のところは自己肯定感が低い(=取り巻き)。

こうゆう人は自分の足で立ってないから、その場の状況に合わせて、少しでも他者より優位なポジションへと流れていくだけ。





加害者も被害者も取り巻きも、元は同じ。

自己肯定感の低い者達が、それをどう対処するかの違いなんだ。




おわりに



日本という国が、古くから継承してきたもの。

それは、「価値ある人生とはこれだけだ」「人として素晴らしいのはこうゆう人だ」と、

民衆を抑えつけるのでなく『美徳』として訓える、”刷り込み“。





今の日本があるのは、かつてそうやって足並みを揃えたおかげでもあるだろうとは認めるけれど、

1000年以上経った今でも変わらず同じことをしているのは、逆に不自然。





これをモラハラと言わずして、何と言おう。

国自体がモラハラをやってるから、それは隅々にまで蔓延するのではないか。



「モラハラを受けている」と言っても司法に軽視されてしまうのは、

そもそもこの国自体が、『モラハラ大国』だからではないか。




かつてモラハラ夫は、不機嫌をまき散らして、私にこう言いました。

「愛のある人間なら、こっちが敢えて言わなくても察してくれるはずだ」

これって…

要求を言わない方が悪くなくて、察しない(空気を読まない)方が悪いんでしょうかね?

少なくとも日本の教育では、そういうことになります。

日本人の国民性は、明らかに加害者を肯定しています。



モラハラ被害者だった私の『自己肯定感』の高め方。





くどいようですが…言うなれば。

紛争、内乱の起こっている国というのは、DVの中にある国。



一方、治安が悪いわけじゃないけど、漠然と感じる不信感と不安感。

これが、ランキング51位のモラハラの中にある国。



以上が、世界幸福度ランキングにおける日本人のアンケート調査結果から、私が読み取ったことです。

『Dystopia + residual』という謎の項目が、ちゃんと説明してくれた。

このランキングに、改めて敬意を示します。





最後まで読んでいただきありがとうございました!

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