モラハラせずにはいられない!加害者の目的と心理。

モラハラをする人間は、家庭・学校・職場…とあらゆる場所に潜んでいる。

彼らは普段は良い人を演じ、影でただ一人を攻撃する。

そんな彼らの頭の中は、いろいろと “面倒くさい計算(打算)” で忙しい。

嘘、ごまかし、演技、アピール、迎合、操作、責任転嫁、自己正当化・・・。



そんな彼らに対して、私が感じずにはいられないこと。

“同じ人間として生きてるけど、なんて無駄なことに時間を割く人生だろう。



本来、人はモラハラなんてしなくても、幸せに生きられる。

普通に幸せな人からしたら、何(が目的)でモラハラするの?って思うでしょう。



けれども彼らにおいては、そうはいかない。

モラハラをしないと生きていけない。

それは何故か・・・?



モラハラに遭ったことで、彼らには、健常者とは違う目的(価値観・人生観)があることが分かった。

そこで今回は、モラハラをする人の目的と心理について。

ただしこれについては分かりやすくする為、【最終目的】と【目先の目的】に分けて見ていくことにします。

言うなれば、自己愛性人格障害の人の、理想と現実です。

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モラハラ加害者の、最終目的と心理(理想)




彼らにとっての幸福の絶対条件とは、“優越した存在として他者の目に映ること”。

その端的なイメージは、“ 拍手喝采をあびる指導者(支配者)”。

(私の中では、“裸の王様” って感じ^^;)



そんな彼らが常に欲しているものは、他者からの賞賛。

「あなたは凄い人だ!」「 あなたはなんて頭がいいんだ」「あなたを尊敬します」などと言われたくてしょうがない。

他者から認められること、評価されることが、何よりの栄養源。

モラハラの加害者は、強い『承認欲求』を持つ人達です。




『承認欲求』を満たすことに囚われた人生。



『承認欲求』とは、“マズローの欲求5段階説” における、人の4番目の欲求。

これらの5つの欲求とは、人が生まれてから段階を踏んで、獲得していくものです。



マズローの欲求5段階説

下から順に、「生理的欲求」「安全欲求」「社会的欲求」「承認欲求」「自己実現欲求」



(余談ですが、頂点の見えない部分に「自己超越」という段階があります。)





先にも触れましたが、承認欲求は「他者から認められたい、尊敬されたい」という欲求。

自己愛者特有のアピール感は、「こんなにも親切で寛大な俺を見てくれ!」という気持ちの表れでしょう。



承認欲求は、誰にでもある。

私達はその気持ちを原動力に、努力し、成長するとも言える。



しかしそれが強くなり過ぎると、色々と支障が出てくる。

そこが同じ承認欲求でも、健全なレベルとそうでないレベルの違いだ。

後者におけるその支障とは。

承認欲求が満たされないと、『抑鬱状態』になる。(意識するかしないかに関わらず)



この抑鬱状態こそが、次にお話することへと繋がります・・・。




モラハラ加害者の、目先の目的と心理(現実)



先程の承認欲求ですが、これは自己愛にとっては、なかなかに満たされないもののよう。

それは実力が伴わないせいなのか、理想が高すぎるのか…。

そんな時、彼らは一時的に抑鬱状態になります。

(抑鬱状態を引き起こす要因は、彼ら特有の『二極思考』が関わっているように思いますが、今回は割愛。)

そんな時、彼らはより退行した形で、自尊心を保とうとします。


より退行した形で、『優越感』を得ることを目的とする。




『承認欲求』が満たされない彼らの、次なる目的。

それは、もっと手っ取り早い方法で『優越感』を得ることです。

すでにお分かりでしょうが、その方法とは、他者を虐(下)げること。

自分より“格下”(ターゲット)を作るというのは、人を利用することに長けた彼らには、簡単なこと。

彼らにしてみれば、

「たえまぬ努力で実力をつけ、認められる」という正攻法より、はるかにお手軽なことに違いない。



彼らは取り巻きと一緒に“格下”を卑下することも、しばしば。

狡猾になればなるほど彼らはすまし顔で、取り巻きの方が攻撃的だったりする。

このように他者を支配・コントロールすることで、彼らは『優越感』に浸ることができる。

(『取り巻き』とは?→自己愛・取り巻き・ターゲットの3人家族。陰湿ないじめは最小単位の社会から。)





ことさら家庭内モラハラをする人は、社会に不満を抱えていることが多い。

『本当は他の人より自分の方が優れているのに、皆(凡人)にはそれが分からない。』



でも、パートナーは違う。

パートナーにだけは、自分が優れていて特別な存在なんだと植え付ける必要がある。

彼らにとって自分とは、パートナーに教えてやる存在なのだ。

自分という絶対的な存在は、家族を支配して当然なのだ。



まして、しばしば抑鬱状態にある彼らは、そこから脱却したい。



パートナーに教えていると都合よく思い込み、

“格下”として扱い『優越感』を得ることは、

彼らにとって最高の“ガス抜き”。



それが、彼らの目先の目的であり、家庭内モラハラの正体である。




モラハラ加害者の人生について思うこと



最後に私が今、モラ夫に対して抱く感情について。

憎しみが全くないと言うと嘘になるけど、一番に大きなもの。

率直に言うとそれは、憐れみ(哀れみ)の感情です。



その理由を握るのは、“マズローの欲求5段階説” 。

前述のとおり5段階欲求説とは、下から順にクリアしていくものです。

むろん、“とび級” などは、ありえません^-^;



モラハラ加害者の強い承認欲求は、

幼少期に「ありのままのでは愛されない」と感じた彼らが、大人になっても尚、チャレンジする姿。

けれども前述したとおり、基礎作りで失敗していることはそう簡単にはいかないようですが…。



「承認欲求」が満たされると、最後に「自己実現欲求」(自分の能力を引き出し創造的活動がしたいなど)が生まれます。

しかし承認欲求が満たされない彼らは、次の段階へは進めない。

つまり、

彼らの人生は、“勝つことばかりに囚われて、本当の意味での自己実現はできない”のです。





一方で、世の中には、社会で成功している自己愛者らしき人もいる。

モラハラ加害者の中には、高学歴も少なくないようだ。

そういう人はどうなのか?



一見すると、彼らは成功者かもしれない。

でもそれは、彼らが本当にやりたいことをしている場合に限る。

彼らが他者の承認・賞賛を得るために地位や名声を獲得したのだとしたら、本当にやりたいことというのは重視されているのだろうか。

他者評価とは関係ない部分で、「これがしたい、こうありたい」と言った、本来の目的と呼べるものはあるのだろうか…?



少なくとも、モラ夫の生き方を見てきて、そう思う自分がいます。

人生を『勝ち負け』でとらえている彼には、実態というものががない。

彼の言うことは、コロコロ変わる。

もし “一切の人の目” を差っ引いた場合、彼に本来の目的というものがあるのか。

そこはかなり、疑わしい。



彼は自分を『個性的』と信じているようだったが、それは虚構の上に作り上げた個性であって、本物ではない。

モラハラの加害者は、本当は自分が何をしたいのか。何が目的なのかが分からないのだろう。





最後までお読みいただき、ありがとうございました♪

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