モラハラとは、加害者と被害者の真逆な性質によるもの。

今回は、加害者と被害者の相違点について。

もちろん両者は違うところの方が多いのは、言うまでもないけれど。

中でも「ホント真逆だよな〜」と感じる点を挙げてみました。



生き方が真逆であるからこそ、自己愛者に利用されて被害者となる。

夫婦間のモラハラで起こっていることは、ここにあります。



中でもメランコリー親和型は、その特質からして、彼らの自己愛ワールドを満足させる便利な道具になりやすい。

利用されないために、この点を前もって認識することをおすすめします^^

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反省しない者と、反省ばかりの者



◉ モラハラ加害者は、反省というものができない。

明らかに自分が悪い(自分が責任を負うべき)時でも、どうにかしてスルリと逃げる。

とにかく口が立つ。腕組みなんかもしちゃって。

多弁でもっともらしい言い回しは、誤魔化すための武器。

話の途中、ほんのちょっとした言葉に関連づけて、知らないうちに論点を違う方へ持っていく。

自分は一切責任を負えないから、パートナーを傷つけたって認めない。



「俺はそんな意味で言ったんじゃない」

「そう捉える方が悪い」



そうやって、いつだって後付けするだけ。







◉一方、モラハラの被害者となりやすいメランコリー親和型は、反省が多い。

現在・未来の行動は、『〜べき』『〜でなければならない』が選択の基準となっているが、これが過去形も多い。

『もっとこうあるべきだった』『〜でなければならなかったのに』

で、自分が思い描く理想と違えば、罪悪感なんてのも感じたりして。

・・・どんだけ自分に厳しいんだ!!^^;



反省しない自己愛性人格障害は、自己肯定・他者否定で生きている。(根っこにある自己否定感を封印)

反省の多いメランコリー親和型は、自己否定・他者肯定で生きている。

外面を気にする自己愛者は、“聡明で人当たりは良いが自信のない人間 を、すぐに嗅ぎつけて近付きます。






頑張らない者と、頑張りすぎる者




モラハラ加害者は、頑張りたくないし、頑張れない。

なぜなら彼らは、有能でない自分を見るのが耐えられないのだ。

誰でも得手不得手があって当然なのだが、彼らは “スマートな自分” しか見たくないし、見せたくない。

だから苦手を克服しようとか、そういう努力をしない。

そうゆうものには関わろうとしないし、関わってもすぐに逃げる。



そのいい例がこちら。

私のかつてのパートナー(モラ夫)は、運転免許を持っていない。

本人曰く、車校には行ったが自分に運転が向いてないのが分かったから、途中退所したそう。

理由はこう。

「俺は好奇心がありすぎて、運転中に色んなものを見てしまうんだ。だから危ないと思ってやめた。」

おそらくモラ夫の性格からすると、教えられることが大嫌いなために、教官とうまくいかなかったのだろう。

そして、どちらかというと不得手な部類の運転に、早い段階で見切りをつけたのでしょう。

普通の人は乗り越えられることでも、モラ夫は乗り越えられない。

その理由を、先程の言葉で分かるように、自分を良いイメージに脳内変換する(合理化)。



自己愛性人格障害にとって、必死で頑張る、努力することは格好悪いこと。

生まれつき才能がないと、意味がないこと。



おそらく親に、頑張ること(努力過程)で褒められたことがないのでしょう。

褒められるポイントは、能力結果のみ。

それは、モラ夫の母を見れば分かる。

孫達に「〇〇ちゃんは頭がいいね〜凄いね〜」とは良く言っていた。

どうもこの一族には、自分たちが “頭の良い家系” だという認識がはびこっているようでした。







◉ 一方でメランコリー親和型をはじめとする被害者は、頑張らずにはいられない人達。

いつも理想の自分の型にはめたがる、息苦しさがある。

「母として、妻として、人としてこうでないといけない」って。



だから、稼ぎの少ないモラ夫を責めもせず、家計の足しに早朝バイトだってやるんです。

子供がトワイライトルームが嫌だと言えば、学校から帰る時間にはちゃんと帰宅し、「おかえり」って迎えるんです。

夫の欠点には目をつむり、家族の動きに合わせて自分の仕事を選ぶ。

重要なのはそれプラス時給の高さなので、当然仕事内容は妥協する。



そうやって自分が犠牲を払うことで、何となく落ち着く。

でもそれって、癖みたいなものであって、幸せとは違う。

被害者は、そこに気がついていないと思う。

例えばそれが行き過ぎた時、犠牲を払う涙ぐましい姿ってどうなんだろう?

(少なくとも、子供に憧れられる母ではない^^;)



そんな被害者の生き方を熟知して、うまく利用する加害者。

加害者の分まで代わりに請け負って、弱っていく被害者。



そんな関係は、とっとと精算するべきです!






『誠実』をあざ笑う者と、『誠実』を最重視する者



◉ モラハラの加害者は、“ 誠実を装った不誠実な人間” である。

まず言えるのは、彼らは嘘を肯定している。

とは言え、それはあくまでも自分に限って。

一般にウソつきが良くないのは知ってるから、他者の嘘に対しては非難ゴーゴー。

でも自分に限っては、頭の良い特別な人間だから、許される。



そして、社会の中で自分が優位に立つために、他者を利用・操作・搾取していいと思っている。

彼らは演技で生きてるから、そこには誠実さのかけらもない。

本当の部分・弱い部分を見せたら、優位ではいられないと思ってるから。

彼らは「真面目がバカを見る」を信条としており、『誠実』をあざ笑う。



彼らは、“誠実な人間が演技も計算もしないのに幸せそうな姿” が大嫌い。

自己愛者特有の精神的不安から、パートナーの笑顔を破壊したくなるのでしょう。







◉ 一方で『誠実』とは、被害者が人間関係において、最も大切にしていること。

私達は自分の世界観が基準となっているので、世の中の殆どの人が自分と同じ、と思いがちだ。

(嫉妬深い人間が、他者が自分に嫉妬していると思い込むように…)



かつての私は、世の中に『不誠実』な人間がいるのは知っていた。当たり前だけど。

けれども、『誠実』な顔をして他人を陥れる人間が存在するなんていうのは、全くもって想像しなかった。



とにかく生まれつきの気質なのか、曲がったことが嫌いで、要領が悪い。

良くも悪くも、柔軟性に欠けるのだ。(さすがにこの歳になって、それも緩和されたけど)



そんな性質から自己愛者に利用され、そのお陰で人を見る目(ニセモノを見分ける目)がついた^^;

最近では、“ 格好悪い部分を隠さない人の方がよりカッコイイ!” と感じるし、自分もそうありたいと願う私です。




まとめ



では最後に、今一度。

加害者と被害者の真逆な性質
  • 反省しない加害者に対し、反省ばかりの被害者
  • 頑張らない加害者に対し、頑張りすぎる被害者
  • 『誠実』をあざ笑う加害者に対し、『誠実』を最重視する被害者


被害者の長所ではあるがやや行き過ぎた部分は、病的な自己愛者にとって、大変に利用価値がある。

一度手にしたら、なかなか手放したくないはず…。

このことを認識しておけば、自己愛者を前に、予防線が張れるかもしれません!



最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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