メランコリー親和型性格の人の『盲点』とは?

ここ数年で、モラハラの知名度は上がったでしょう。

それでもまだ、モラハラに対する十分な理解は得られていない。

「加害者だけでなく被害者にも問題があるのでは?」という見方が、まだまだあると思います。

たしかに当事者でもなければ、社会問題としてよほど興味でも持たない限り、真相を理解しようとまでは思わないでしょうね。



そんな中、まずは当事者である被害者自身が、

「モラハラとはこういうもの」

と、正しく自分の中に落とし込む必要性があると感じます。



たとえ” 証拠”としての利用価値がなくとも、事実のみをきちんと伝えていくべきだと。

されたことを"なかったこと"にしてしまえば、それは被害者が加害者に加担したということ。

それこそ問題のある人です。



被害者がモラハラの本質を理解するために、知っておきたいこと。

・加害者との関わり以前に、元来の自分がどんな弱み(盲点)を持っているか

・さらに、自分のルーツ。メランコリー親和型はいかにして生まれるか



今回はこれらについて、考えていきます。

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メランコリー親和型性格の人の『盲点』





私が自分の体験を腑に落とすのに、大変に役立った本があります。

まずはその紹介から。

書籍『モラル・ハラスメントの心理構造』に見る、被害者の目を覚ます言葉



中でも、私に刺さった一文がこれ。

モラル・ハラスメントの被害者は、世の中の道徳教育の犠牲者でもある。



そもそもモラハラの起きるメカニズムは、「搾取する人(加害者)」と「搾取される人(被害者)」が引き合うことにあります。

そして両者を生み出すのは、各々の資質や家庭環境。



けれどもそこで忘れてはならないのは、その背後にあるもっと大きなもの。

それは、世の中の風潮。

当然のものとして受け継がれてきた、古くからの道徳観念。

誤解を恐れずに言えば、これらは間違ったものです。

道徳はつねに相手との関係の中で実践されるべきことである。

相手との関係を無視して「人はこうすべきである」と教えられれば、現実の世の中では殺される。





ずっと『〜べき,〜ねばならない』思考で生きてきた私にとって、"目からウロコ"とは、まさにこのことでした。

そもそも日本という、一定の価値観が植え付けられた国が、モラハラが蔓延しやすい国だということでしょうか。



間違った道徳

世の中には、道徳や美徳, 良識と言われることが、いくつかあります。


  • 人を疑ってはいけない 、信じるのが良いこと
  • 人は皆同じ(本当に悪い人などいない、誰とでも分かり合える)
  • 仲良くするのが良いこと
  • 戦ってはいけない
  • 親切なのは良いこと
  • 従順なのが良いこと
  • 好き嫌いはいけない
  • 我が儘はいけない
  • 我慢することが美徳


これらはどれも、一般良識として、当たり前のように存在する。

多くのメランコリー親和型は、幼少からの家庭環境あるいは先天的気質のために、こういった『秩序、決まり事、ルール』を大切にします。



で、この一般良識がくせもの。

大体、『人は皆同じ』なんてのが大間違い。

もし本当に『人は皆同じ』なら、そもそもメランコリー親和型は、モラハラの被害者にはなってない。



『真面目がバカを見る』『騙される方が悪い』

…なんて言葉もあるくらい、世の中には他人を欺いてでも目的を果たそうとする人が、私たちが思っているよりは多い。

(それを限りなく人目に触れないよう、本人にさえもバレないようにやろうとするのが、当ブログでいう『マニピュレーター』や『フレネミー』。)



メランコリー親和型はまずそこを完全に意識化し、柔軟な思考にシフトすることが大事でしょう。

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メランコリー親和型はいかにして生まれるか?



先天的要素と家庭環境

このような性質は、一体どこから来るのか?

多くは家庭環境にあると思われるが、そればかりではなさそう。

その証拠に、同じ道徳主義の親のもとに育ちながらも、姉には全くメランコリーの資質はない。

(思ったことはポンポン口に出す…私とは間逆^^;)。



なぜ自分はこうなったか。

外交的で陽気な姉に対し、内向的で内気な自分は、姉には敵わない。

別路線で親に認められようと、とにかくいい子を目指すようになったのか?

生まれ持った素質もあるのだろうか?

おそらく要因としてはどちらもあるでしょう。



とにかく私が知らないうちに握りしめていたものは、

『誰からも好かれる理想の人間にならないといけない』という勘違いである。





また、メランコリー親和型性格を生む家庭(親)の特徴としては、以下のことが挙げられる。

①保守的かつ道徳主義の親・・・親自身ががんじがらめ、いわゆるバカ真面目

②過干渉の親・・・自分の都合で子供に理想を押し付ける。また、過干渉は間接的にもできる(親の思い通りの子供でないと、悲しそうな表情をする等)。




②の親はともかく、①の親が偏った愛情を持つ親とは思いません。

しかし囚われが強いために、時として②の間接的なタイプにもなりえます。



そして両方の親に共通するのは、人が幸せになる道は一本しかないと思い込んでいる。

世の中自体がそういう空気を作ってきた。それに完全に乗っかった人達といえるでしょう。

けれど今はもう、そんな時代じゃない。

これからどんどん、多様性が受け入れられる世の中になる。加速度を増して。

ひしひしと感じる、今日この頃です。




行き過ぎた良識【例】



前述した道徳の項目の中でも、特に私が行き過ぎたとらえ方をしたものがあります。

好き嫌いはいけない

なぜだか分からないけれど、「これ嫌い!」とはっきり言うことに抵抗があります。

口にしないにしても、時にそう思うことさえも…。

なんと言うか、その対象に対して、傷つけてしまうようような罪悪感を感じるのです。

それゆえ、かつての私が物事を取り入れる際の判断基準は、単純に『好きか嫌いか』とはちょっと違う。

『自分に必要か必要でないか』といったところでしょうか。

また自分の好き嫌いの感情が希薄なため、パートナーを選ぶ際に、相手が自分を好きであることのほうが重要になってくるのです。

また何かを傷つけることを恐れるあまり、物事をはっきり言わない。

そんなところが、自己愛に「丸め込みやすそう」と思わせるのでしょう。




我慢することが美徳




これは上記の ”好き嫌い” にも通じることですが、『嫌いなもの・苦手なことから逃げてはいけない』の思考。

いかなる時も『自分を成長させることが大事』で、『苦手なことは克服すべき』。

努力と忍耐は、超大事!と思って生きてきました。

でもそれは違うと分かり、今は皆にこう伝えたい。

もし貴方が楽しくない克服に何年も取り組んでいるなら、それはきっと貴方には必要じゃないこと。

今までそれに費やしていた時間を、今後は全て、魂レベルで楽しいと感じることに充てるべき!



さて、ここで私事ですが…。

先日"合わない仕事"にキリをつけました。

(関連:メランコリー親和型性格は改善できる。内向型人間の私の気づきとは?>気付けば変われる)



資格ありの未経験で入り、3か月目のことでした。

何が合わないかというと、その職場は ”外交的要素と社交的要素” のみで成り立つ空間だったのです。

とにかく人、人、人の環境に疲弊してしまった。

さらに仕事の内容的も自分的には退屈で、そこに居続ける意味を全く見出せなくなったわけです。

『私、なんでここにいるんだろ・・・。他にもっとやること、やりたいことあるのに。』

(余談ですが、内向型人間が仕事を選ぶ時、業種だけでなく職種&職場の環境にこだわるのは超大事!)



で、そこに居続けるメリットがあるとすれば、

・外向性・社交性を身につけるのに役立つ。

・コミュニケーションスキルの向上。

となるわけです。



しかしそんなものは、今となってはどうでもいいワタシ。

これまでの人生で、自分なりに克服してきた。50%くらいは克服できただろうか。

もう十分。これ以上、このスキルを磨くことに興味はない。

とにかく、自分が楽しいと思えることしかしたくないのだ。



『大体、もうアラフォーだぜ^^;

人生、半分通過してんだよ?

考えてもみてよ。

人生の大半を苦手克服のために費やすって…死んでるのとおんなしじゃね?』  (←すいません、若者言葉です^^;)



上記は私が母親を前に、"心の中で"発したセリフ。



母はやっぱり、変わらない^^

反論はしないものの、今だに『克服して強く生きることが道徳だ』と言いたいのが伝わってくる。

母は知らない。

苦手なことはしないで、好きなことを追求して生きることが、我が儘とは違うと。

お金が欲しいと思うことを我慢するのは、決して美徳ではないと。




おわりに

今回はメランコリー親和型性格について、深く掘り下げてみました。



この、加害者に利用されてしまう性格(性質)について、いつも思うことがあります。

これが弱みとか問題点という言い方もあるけど、これは元来、長所なはず。

だから無理に直す必要はなく、自己愛者だと察知した相手を前にした時に切り替えればいい。

大事なのは、自己愛者が『付け入る隙を作らない』ことです。



また長所とは言え、それが行き過ぎた場合は自分を傷めつけることになる。

自己犠牲は、満足であり不満足でもある 。(なかなか複雑ですね…)

でも最終的には、自分を大切にできる人が、本当の意味で、人のことも大切にできるわけで。



行き過ぎた"メランコリー親和型は、直すべし!^_^

幸せ体質、目指しましょう^^





長文をここまで読んでいただき、ありがとうございました☆