モラハラとは何か?文献より正しい意味と具体例

「モラハラ」という言葉が広く社会に浸透してきた、今日この頃。

それでも、社会の中で本当にモラハラを理解されるのは、まだまだ先のように思えます。



夫婦仲の悪さを、何でも「モラハラだ!」「モラ夫だ!」と言ってみたり・・・

そんな、”モラハラの乱用”も気になりますね(^-^;



一方で、自分の置かれている状況に釈然としない思いを抱きながら、

あるいは鬱屈した思いを抱えたまま、生活を続けている人はいませんか?



そんな、とても分かりにくいモラハラの本当の意味を、

モラルハラスメント提唱の第一人者による定義と、パーソナリティー心理学で名高い方の著書をもとに、紐解いていきましょう。

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モラハラとは何か?正しい意味と具体例


1.フランスの精神科医、マリー=フランス・イルゴイエンヌによる定義より





モラハラとは、モラルによる精神的な暴力、嫌がらせである。…(中略)モラルハラスメントがどれほど被害者の心身の健康に破壊的な影響を与えるのか、その恐ろしさを嫌というほど見てきた。モラルハラスメントは、精神的な殺人である。



まず初めに…

そもそも、”モラル”って何でしょうか?



辞書によると、「道徳意識」「倫理観」「人生・社会に対する精神的態度」とあります。

別の言葉では、「良識」「善悪の判断基準」とも言えますね。



この”モラル”を利用して、相手を攻撃・支配するのが、モラルハラスメントです。

モラルが利用出来るということは、被害者となる人は、先に挙げたようなモラルを大切にして生きている人達です。

(参考:夫婦間のモラハラ。自己愛者に利用されるのは、生き方が真逆だから。)



そこにつけんで、様々な手法で相手の罪悪感を引き出し、相手の人格をおとしめる。

それが、モラルによるハラスメント(嫌がらせ・いじめ)です。






加害者は道徳家のように振舞うことが多い。被害者以外の人には「感じのいい人」として振る舞うことが出来る。そのため、その人が突然モラルハラスメントの加害者として振る舞ったとき、周囲には驚きがもたらされ、時にはハラスメントの否定さえなされる。故に、被害者は自分のほうが悪いのではないかと思ってしまう。

筆者の場合、身内や親友以外の人からは「どちらにも悪い所はあるのでは?」と受け止められましたね。

モラ夫は、自分を良く見せるパフォーマンスは天才的。

調停委員には伝わるわけもなく。

弁護士も、「証拠がなければ何も通用しない」と。



モラハラは、受けた被害者本人にしか分からないところがあるので、

「モラハラを受けている」と言っても、

普通の夫婦喧嘩ととられたり、単に相手を攻撃したいがための”レッテル貼り”ととられることも、多々あります。



しかしモラハラで忘れてはならないのは、ターゲットは家の中の唯一一人ということです。

そして外見からはかけ離れた本当の姿は、この唯一一人の被害者しか、知るよしもないのです。



加害者は自分のしていることを周りにも、相手にも気づかれいないようにして、巧みに被害者を傷つけていく。その結果、被害者は肉体的にも精神的にもかなり苦しんでいるのにその苦しみの原因がわからず、時には随分時間がたってからようやく自分がモラルハラスメントを受けていた事に気づく。

そもそもモラハラ自体が、基本的に暴力を伴わないため、周りに気づかれにくい。

しかし更に巧妙なモラハラでは、当の被害者さえも、攻撃を受けていることに気が付かない。

うつ病の原因がモラハラだったと、後で分かることも多いようです。

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2.加藤諦三の著書【モラル・ハラスメントの心理構造】の例示より


モラル・ハラスメントをする人は、自分が「愛」と思いこんでいたのは、サディズムが変装した姿であるとは理解できない。自分は相手を愛しているのではなく、相手をサディズムで支配していたのだということが理解できない。

モラハラ加害者の多くは、自己愛性人格障害の無自覚型です。

自分は他者とはかけ離れた優越した人物であり、人に教える存在であると思っています。

自分の考えることはどんなことでも素晴らしいと脳内変換してしまうため、パートナーを攻撃することをも肯定します。

(自分のしていることを、攻撃ではなく”教えてやってる”と都合よく認識。)

意のままに操作しやすい相手をパートナーに選び、執拗に絡みつくことを、愛だと勘違いしているのです。






この本でいうモラル・ハラスメントというのは、本質的に愛の言葉を持ち出して相手を支配することである。…(中略)そして、この本でいうモラル・ハラスメントは、防衛的攻撃性である。表はモラルであるが、攻撃性が裏に隠されている。本質的には攻撃性でサディズムであるが、表面的には愛である。



以下は筆者の例です。


モラ夫: (やや風邪気味の様子) 「ねえ、今日コンビニって行く?」

筆者: (リビングで子供の相手) 「あ~、特に行く予定はないかな」



すると、黙ってしばらくの間、自室に戻っていたモラ夫。

数分後、荒っぽくドアを開け、何も言わずコンビニへ。

(この時のモラ夫の秘めた要求は、”風邪気味だから喉に優しい飲み物を私に買ってきて欲しい” でした。)



帰ってからも明らかに機嫌の悪いモラ夫に対し、

筆者:  「さっきは取り込んでて気付かなかったけど、私に頼みたいことがあるなら、

気軽にそう言ってくれればいいのに。」



モラ夫:  「ハ~(ため息)。そんなこと、なんでこっちから言わなきゃいかん?!

家族ならちゃんと察して、そっちが言ってくるべきことじゃないの?

それが思いやりであり、愛情だと思うけど。



・・・この例を、世の人はどう捉えるでしょうか?

もしかすると、

「めんどくさい夫だけど、妻が子供ばかり見ているので寂しいんじゃないの?」

とか、

「夫は単なる”構ってちゃん”。妻はもっと上手に手のひらで転がせばいいんだよ」

…等という見解もありそうです。



そうなんです。

暴力があるわけでもない、罵倒するわけでもない。



ため息や表情などの態度と、愛を盾にした言葉(美徳というモラル)でもって相手の人格を攻撃するのが、わかりにくいモラハラの手法です。

(もっぱら加害者の言うモラルとは、あくまで加害者本人の都合上のものでしかありません。)



このような手法一つ一つを取ってみれば、一見大したことではないように見えます。

それは、ため息や表情や声のトーン等の非言語的メッセージは、第三者には伝わりにくいものだからです。



この例の場合、非言語的メッセージによって暗に示されていたのは、”こんな気遣いもできない冷たい妻を持って、自分は不幸だ。とても残念だ”

というものでした。



万事がこの調子であれば、被害者体質の相手は確実に病んでいきます。

そもそも加害者は、初めから被害者が美徳に弱いことをよく知ったうえで、パートナーに選んでいるのです。







カレン・ホルナイは、サディズムは攻撃的パーソナリティーでは顕著に表れるが、迎合的パーソナリティーの人の場合には狡猾に表れると言っている。

前者はその攻撃性が分かりやすい形で表れているため、対処がしやすい。

身体的なDVを伴う場合や、モラハラでも暴言が表に出ていれば、証拠もとりやすい。

確かに暴力は危険を伴いますが、証拠をとればあっさり別れられますし、子供の目にも明らかです。



しかし後者になると、対処のしようがない。

どう考えても、いつも悪者になっているのは被害者の方。

子供はモラ夫が好きだし、自分(母親)には何故か反抗的・・・。



この後者の手口こそが、善人面でこっそりと人を搾取することに長けた人物による、最も悪質なモラハラなのです。




まとめ

以上が、私がモラルハラスメントを解説する上でとても有効だと思った文献です。

要約して今一度…。
モラハラとは何か?文献より正しい意味と具体例



● モラハラとは、被害者のモラルにつけこんだ精神的な暴力・嫌がらせである。被害者の心身の健康に大きなダメージを与える。(精神の殺人)



● 加害者は被害者以外の人には外面が良いため、モラハラを周りに理解されにくい。また被害者は、心身の不調の原因がモラハラであることにも気づきにくい。周りに理解されないことも手伝って、被害者は自分が悪いのだと思ってしまう。



● モラハラの加害者は自分を”愛の人”と思っており、自分がパートナーをサディズム(攻撃性)で支配しているということが理解できない(自己愛性人格障害・無自覚型)。表はモラルであるが、攻撃性が裏に隠されている。



● モラハラにも、わかりやすいものとわかりにくいものがある。暴力的な要素があったり罵倒するなどのタイプは、対処がしやすい(攻撃的パーソナリティー)。 一方声を荒げるようなことはめったにないが、美徳非言語的メッセージで間接的に攻撃してくるタイプもいる(迎合的パーソナリティー)。これには周りも被害者本人でさえ、長く気が付かないことも多い。



長くなりましたが、お付き合いありがとうございます。

モラハラというものが、きちんと理解される世の中になるといいですね(*^^*)