メランコリー親和型性格は改善できる。内向型人間の私の気づきとは?

多くのモラハラ被害者の持つ性格傾向を、『メランコリー親和型』といいます。

今モラハラの渦中にある人もない人も、自分の傾向を知って意識するのは、とても有効なことです。

『メランコリー親和型』であり内向型人間でもある私は、かなり生き辛さを抱えた人でした。

一言でいうと、無駄に頑張りすぎなんです。

無駄に・・・^-^;



そんな私がモラハラ体験の数年後の今、ようやく本当の意味での自己改善=自己受容が出来てきました。

なので今回は、その思いを共有させてもらいますね^^

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『メランコリー親和型』と私

メランコリー親和型の特徴は『秩序志向性』、何よりも秩序やルールを重んじる人。

その特徴を列挙してみると。。
真面目、几帳面、責任感が強い、道徳的でルールに忠実、律義、正直、仕事好き、凝り性、完璧主義、手を抜けない、他人まかせにできない、頑固で柔軟性がない。
対立を嫌い自分から折れる、頼まれると嫌と言えない、我慢強い、誠実、世話好き、小心、他人の評価を気にする。



私には9割以上、当てはまります。

とくに顕著なのは、「~でなければならない」「~べき」という思考。



メランコリー親和型は、うつ病になりやすい性格です。

でも私がそこまでにはならなかったのは、この段でも「うつ病になんてなるべきでない!」「強くなければならない!」と思っていたからでしょうか^-^;



ここまでくるともう、逆にウザイ奴ですね。

理想が高く、頑張りすぎで息苦しいことといったら……。

いい意味での適当さが、欲しいものです。



こうして自分を客観視してみると、「利用してやろう」と思う人間がいるのも分からなくはない…。

だって、メランコリー達は、自分に満足することが少ないから。



そこで一つの疑問が出てきましたよ。

メランコリーの中にも、比較的自分に満足していて自信のあるタイプと、そうでないタイプってあるのでしょうか?


メランコリー親和型における、内向型の生きづらさ


同じメランコリー親和型の中にも、外向型・内向型って、あると思います。

そしてやはり自分に自信のないのが、内向型と言えそう。



ここで念のため。

外向型・内向型というのは、生まれ持った要素と後天的な要素、その双方によって形作られるもの。

そして両者の違いは、外向型が意識が外に向かうのに対し、内向型は意識が内に向かうということです。


内向型人間の抱える『誤解』

内向型人間は、周りに誤解されているし、自分でも誤解しています

内向的とは本当は元々、内気とは違う。自分で好んで、内に籠っているのです。

人と話すよりも、自分の中で想像力を働かせたり深く考えたりする方が、楽しくて心地よい。

それだけなんですが、他人に興味が無い感じからか冷たい人だと思われてしまう。性格が暗く見られてしまう。



私には、自分でも自覚している内向的短所がありました。

数人で話をしている時、気づくと意識が違う所にとんでいて、話の内容についていってないことが頻繁にありました(注意散漫。でも一対一では大丈夫)。

また、人が集まる場では場の雰囲気に圧倒されてしまうのか、率先して動くなどの気配りができない。気が利かない。

特に小さい頃「ボーっとしてる」と良く言われたのは、こんな要素からでしょう。



そんな自分を克服しようと、20代30代とやってきたおかげで、アラフォーの今ではそこそこはまともに振る舞えるようになったと思っています。

それでも本質が変わったわけではないので、今でも人と関わりすぎるとドっと疲れますが。。



短所の克服はいいけれど、かつての私は自分のことを、「気配りができない自分第一主義」と捉えていたのでした。

今なら言えます。それが、誤解だったと。。


内向型は克服すべきもの?

自分を否定し、『内向型は克服すべきもの』としか考えてこなかった私。

それはまさに、メランコリー親和型ゆえの『~べき』思考

これこそがモラハラ加害者の付け入る隙、最大の弱みだったんですね。

モラハラ加害者…ことさらマニピュレーターというのは、被害者の性格を熟知しています。

『利用できるものは何でも利用する』のが彼らの生き方なので。。



で、話を戻すと…。

内向型は社会性に欠けるから、直した方がいいのでしょうか?やっぱり、克服すべきもの?

私の場合、それなりに克服はした。

それでも利用してくる人間がいた。

大事なのは、肩ひじ張って自分を変えることではなかったようです。



あまり言いたくないけれど、気づいたことがある。

自分にダメ出しばかりで、本来の自分を受け入れない。

何よりも自分を苛めていた犯人は、加害者以前に『自分』だったのです。

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気付けば変われる

以上をふまえ、モラハラ被害者の私に必要だったこととは、ありのままの自分を受け入れること。

『自己肯定感』『自己受容』というやつですね。



そのことはずっと、頭では分かっていました。

でも『実際の感覚』として分かったのは、本当に最近のことです。



白状しますが・・・。

実は今、数か月前に転職した職場環境に疲弊し、辞めたくなってる自分がいます^-^;

原因は、外向的要素に溢れた環境と、内向的要素に溢れた自分がかみ合わないこと。

以前の私なら、「簡単に逃げちゃいけない」「もっと頑張るべき」「外向的になるべき」なんて思ったはず。



今はこう。

ダメな自分を「クソ人間」と笑い飛ばしている。

「しょーもないなあ~」と思いつつ、自分を何となく可愛いヤツと思える。

で、もっと自分に合う仕事を探すのみ!



(↑だいぶ力が抜けてますよね^ ^ でもホント、この感覚♪)

(関連:メランコリー親和型性格の人の『盲点』とは?>行き過ぎた良識【例】>我慢することが美徳)





そしてここで、改めて気がつくことが…。

『あぁ、そんなことを言い合えるのが、本当の夫婦』なんだと。

”短所”をも一緒に笑い飛ばせる相手。



理想は「そんなに頑張り過ぎなくてもいいよ」と言ってくれる相手がいること。

でも世の中には正反対の人間がいた。

人の揚げ足を取ってまでつついてくるのは、搾取する人間。

あら探しの天才。

表面上は装っていても、それは違うと今なら分かる。


おわりに

自分がここまで気付けたのは、周りの人達のおかげです。

実際に関わりのあった職場の上司や大好きな有名人に至るまで、素敵だなと感じる人の共通点は、一言で言うと「飾らない人」でした。

基本は良識的でありながらも、何というか、バカになれる人は素敵です。



また内向型人間には、外向型人間とは違う、幸せになる方法があると思います。

内向型は、克服するよりも、その性質=才能をとことん利用するべき。

内向型人間ほど、社会性とは違う方面からの自信を、まずつけるのが得策ではないだろうか。

そのうえで、内向的であっても外向性・社交性を身につけることはできる。



内向型人間というのは、本当に力を出した場合に優れた支配者(というより指導者)となるような気がします(実際にいますね)。

それゆえに、世の中というのは、内向型人間にとって生き辛く作られているものなのかもしれません。

道徳を重んじる従順な人たち、メランコリー親和型も同じこと。

『内向的は直すべき!』と間違った道徳に縛られた生きかたをやめた時、本来のパワーがみなぎってくるのではないでしょうか。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。